イーサリアム上のプロジェクトである Kyber Network のEvangelistという立場で彼らと仕事をしています。
他に本業があるため、Kyberとは個別に契約を結ぶ形であり、厳密に言えば内部の人間ではありません。
本業ではありませんが、主にKyberについて日本で発信し、出られるときは会議に出席して意見を主張し、文書を翻訳したり戦略を練り、コミュニティからのフィードバックをチームに伝えて反映させるのが仕事です。
Kyber Networkの社内ではここ2~3ヶ月はずっと「どのように自分たちのフォーカス / 理念をコミュニティに伝えるか」を集中的に議論してきました。毎週本社と各国メンバーで会議をし、各自で文書を提出し、コメントをつけあい、各種ツールを駆使して、メッセージをよりシャープにするために2~3ヶ月を消費してきました。
こういった過程を何人もと共有することでつくづく感じたことがあるので今回はそれについてのある程度の流れや考えを纏めたいと思います。
強いビジョンを確立するための2~3ヶ月
「どのようにKyberの理念 / ビジョンをコミュニティに伝えるか」のアイディアを出すために頭を捻りましたが、私は以下のGuy Kawasaki氏のTEDトークの冒頭を参考にしました。
2分45秒あたりで、”Make Mantra”, つまり「なぜあなたのチームが存在すべきなのか」を3~4語で説明できる呪文を作りましょうと言っています。
私はこれこそが企業やチームの成長に不可欠な要素で、「どこの誰でも一瞬でその企業の存在意義が理解できる」という状況を意図的に作り出すことは計り知れないメリットがあり、全員で数ヶ月を費やすに値すると思っています。
創業者以上のプロジェクトにはならない?
少なくともスタートして数年の単位では、あらゆるチームや組織は、創業者の執念や理念以上のものには育たないと思います。そして、暗号通貨プロジェクトはほぼ全てが創業数年以内のスタートアップです。
こちらのTech Crunchの記事で、Apple CEOのTim CookがSteve Jobsが亡くなって4年目に全社員に宛てたノートが取り上げられています。
彼の遺産は何だろう?それは私たちの周り全てに存在する。革新的で創造力溢れる彼の魂を体現した素晴らしいチーム。
(略)
より良い世界に変えようという強い意志を持った会社。
Appleという地球上で最も大きな会社ですら、死後数年経っても創業者の強い影響の元に経営されている姿を見ると、いかに創業メンバーのビジョンを社内で共有することが大切であるかに気づくことができます。
もちろん、マーケティング戦略やそれに付随するSNS戦略など細かな戦術も大切ですが、それを作り出す根本となるビジョンを強烈に固めることこそ、メンバーの意志と連携を強くし、相乗効果を生み出すために欠かすことのできないステップです。
その結果細かな戦術も、より鋭く尖ったものがアウトプットとして生まれます。
だからこそ、何のために存在して、どんな問題を解決しようとしているのかをチーム内とコミュニティに分かりやすく伝える言葉(マントラ)を探し当てるに集中したいと思いました。
マントラを紡ぎ出す前の長期間の議論
「自分たちのビジョンを簡単に説明するための2~3語のマントラを創る」といっても、それは簡単なことではありません。
ピッタリの言葉を見つけるのに何十通りの案から絞らなければなりませんし、何よりもメンバー全員が強く納得できるような言葉を完成させる必要があります。
それには、単に言葉のアイディアを募るだけでなく、全員で長期間に議論してマントラの奥にある共通認識を創らなければなりません。
「どんな言葉が適切かな」という隙間時間の取り組みでなく、国境を越えたチーム全員で「今はビジョンを研ぎ澄ませて、コミュニティに届けるべき分かりやすい言葉を創るフェーズだ」と自社のステージを定義し、全体の仕事をそれを中心に回す必要があります。それほど労力のかかる仕事ですし、人数が多ければなおさらです。
幸い、Kyberでは開発は通常通り進めた上で、メンバー全員やアドバイザーも含めステークホルダー全員でこのテーマに取り組んでおり、このための素地は十分に持っている恵まれた環境にあったと思います。
Kyber NetworkがAppleのような組織になるとは考えていませんが、少なくとも創業者と話を深めてディスカッションし、理念を掘り出してチーム全体で言葉にしていく過程は最低限に必要だと思います。そこに熱心に取り組めば、組織が創業者の器にすら到達せずに分解してしまう可能性は非常に低くなると思います。
ビジョンをKyberチームで確立するために、個人的に行ったこと
Kyberのビジョンを誰よりも完全に理解し、正確に伝えていくために実際に行ったことは以下のようなものです。こちらはチームとしてもありますが、主に個人として行ったものです。
- Why, How, Whatを考えておく
- CEOと話し、彼のインタビューを全てチェックする
- “What is Kyber?”を3分でまとめ、メンバーで披露しあう
- FAQの答え方を確立する
- 実際にコミュニティの人々に話し、その反応をチームにフィードバック
Why, How, Whatを考えておく
こちらも非常に有名なTEDを引用しておきます。
・How great leaders inspire action | Simon Sinek
こちらのピッチでは、企業のメッセージを
- なぜその組織が存在するのか(Why)
- どのようにしてそれを達成するのか(How)
- そのために具体的に何を作っているのか(What)
に分類し、イノベーティブな企業は自社の説明をWhatから説明するのでなく、Why→How→Whatの順番に語るはずであると説いており、スタートであるWhy、つまり「なぜこの会社を作り、成功を収めたいと願ったのか」こそが人を惹きつける要素であると主張しています。
文脈や時間制限によっては必ずしも常にこの通りに自社を説明できるとは限りませんが、このテンプレートに合わせて考えることはやはり大きな効果があると思います。
これを考えるだけでも何通りのパターンができますし、自分なりに考え、他のメンバーと答え合わせをしてフィードバックをしあうことも非常に面白い取り組みでした。他のプロジェクトの方にも強くお勧めします。
これだけでも、他のメンバーとのチームに対する認識を揃えることができたと思いますし、後に考える戦略でも本当に有効なものにフォーカスできるようになりました。
CEOと話し、彼のインタビューを全てチェックする
暗号通貨のプロジェクトは全てが設立間もないスタートアップなので、CEOと直接話をすることは何も難しいことではありません。逆に、この段階で仕事のパートナーとの対話を忙しさを理由に億劫にするCEOに素晴らしい組織は作れないと思います。
特に若い組織のDNAは創業者の理念により規定されるので、彼らと話をせずにチームの方向性や考えを深く理解することはできません。また、せっかく一緒に仕事をするのであれば、「何があってもその目的を達成しようとしているか」「商業的成功に因われない、広い視野で業界への貢献を願っているか」など、創業者の人間性を理解した上で協力したいと考えることは当然です。
直接会って話をしたのは一度のみですが、後はチャットと数人のSkype会議などでCEOとのコミュニケーションを取ることを心がけました。
当然お互いに多忙ですので、話し尽くすことができなかった部分は彼のインタビュー記事に全て目を通すことで、その裏にある考えを引っ張り出して自分なりにまとめる作業も行いました。
多くの場合、ここでの自分の印象とCEOの本当の意図に大きなズレが生じることはないと思います。
Kyberの創業者であるLoiの場合、「チェーンやプラットフォームによる規格の違いを乗り越えられなければ、ブロックチェーン技術の有用性に関わらず、一般的に採用されることはない」という気持ちがベースにありました。
こういった創業者の気持ちをあぶり出し、それを分かりやすく、様々なバックグラウンドを持つ人々全てにリアリティを持ってもらえるような言葉、ストーリーテリングを考えることがスタートにあるべきだと思います。
“What is Kyber?”を3分でまとめ、メンバーで披露しあう
自分が本当に何かを理解しているかをチェックする最も簡単な方法の一つは、「自分がそれについて熱意を持ってスラスラと友人に説明できるか」というものだと思います。
- 自分にとってその組織はどんな意義があるのか
- それがなぜ業界にとって不可欠なのか
- どのように問題点を解決しようとしているか
- 実際に何を作っているのか
- 具体的にどんな世界を実現しようとしているのか
などをうまく3分程度にまとめ、あまり業界の知識がない人でも納得できるように話すように様々なアプローチを考え、チームメンバーと話しあってみる時間を取りました。
Kyber Networkを要約し、メンバーにピッチしてみて、それについて議論し、修正するというサイクルを組織全体で繰り返すと非常にスッキリと方向性がまとまります。
一般的にプレゼンテーションや説明は短ければ短いほど難しく、20分のプレゼンテーションよりも3分のプレゼンテーションの方が効果的に行うハードルは高まります。より本質にフォーカスした言葉に絞らなければならず、それは本質を理解していなければできないからです。
2~3語で表すマントラに関しても、結局は20分のピッチを徐々に3分にまで絞り議論し、またそれを1分に絞り議論し、最後には一言に集結させるというプロセスをたどります。
従って、ピッタリの一言を探し当てる前に、まずは最高の3分間スピーチを作ることが必要だと思います。
FAQの答え方を確立する
自身のプロジェクトについて話す内容が研ぎ澄まされてくれば、そこから発生するであろうコミュニティからの質問も自然と絞られてきます。
「このような質問が出るであろう」という予測は、チーム全員で共通のものがたくさん出てくるはずです。
それに対してどのように答えるのか、についても一つ一つの質問を洗い出し、分かりやすい答え方を議論しながらチーム全体で探り合いました。
Kyber Networkでも、そのFAQはウェブサイト内にまとめられています。
「これを答える」という観点だけでなく、「この言葉は決して使わない。なぜならこのようなイメージを与えるからだ」というネガティブリストもチームのビジョンを共有するのに非常に効果的であったと思います。
実際にコミュニティの人々にプレゼンし、その反応をチームにフィードバック
内部と外部の人間では、持っている情報に大きな違いがあるため、自分たちでは「これは伝わりやすいはず」と考えていても実際の人々にはあまり伝わらない状況は珍しくありません。従って、直接にコミュニティ拡大のために足を運んで対話することは非常に大切です。
これは「自分たちは何を目的に仕事をしているか」がしっかり伝わるかどうかの効果的なテストとなります。
そのために、各国チームで工夫してスライドを作り、いろいろなミートアップやイベントで実際に話をし、受けた反応をチームにフィードバックしてメッセージを研ぎ澄ませていく、という過程にかなり多くの時間を割いたと思います。
実際に、思ったよりも伝わらなかったアプローチやストーリーテリング、キーワードはたくさんあり、それをピッチしたメンバーがチームに共有し、修正を繰り返すことになりました。
Any Token, Anywhere
こういった経緯の途中に、Kyber NetworkはMediumに、CEOのLoiのブログをリリースしました。
・Kyber, Together(English) / Kyberと共に(日本語)
それをLoi自身が語っているビデオがこちらです。
組織内でメッセージを研ぎ澄ませる作業の他に、彼自身の言葉で語りかけることは必要ですし、チームとしてもメッセージを考える際、逐一そのブログやブログに戻って彼の意図を確認することができました。
創業の気持ちや今後の展望をCEO自ら語ることは非常に重要なことであり、日本のプロジェクトではLayerXの設立ブログが挙げられます。
CEOのLoiのブログを元に上述のようなチーム内での試行錯誤を繰り返し、Kyber Networkのマントラは “Any Token, Anywhere” というものに落ち着いてきました。
つまり、私たちが住む、規格の異なるトークンやチェーン/プロトコルが乱立した Tokenized World において、どんなトークンもどこでも活用可能な世界を実現し、「使いにくさ」の壁を取り払い、ブロックチェーンの素晴らしい特性を現実社会に浸透させたいということです。
Kyberのメンバーにとって少なくとも数年は、これが朝眠くともベッドから起きる理由になりそうです。個人的には、理念よりも利益を上げることを第一とする組織に協力することはできないので、これを確認できただけでも貴重な時間でした。
チームの方向性やメッセージが徐々に定まってきた今に感じることですが、ここに書いた取り組みをした前後では、自分の考える仕事の方向性は大きく変わり、以前に書いたKyberの戦略が軸のぶれた頼りないものに感じるようになりました。
今後はより具体的な目的にフォーカスし、無駄のない戦略に集中することができます。そう考えると、この2~3ヶ月のチーム全体で注いだリソースは、長い目で見ると非常に大きなものになって返ってくるように思います。
Kyberに割ける時間は限られますが、私自身、自分以外の会社や組織の内部に関わるという経験がなかったため、後から入ったチームの中で、そのチームのビジョンをいかに早く深く理解してキャッチアップするかという試行錯誤は新鮮で、今後の自分の仕事にとって非常にいい経験になりました。
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