WBTC (Wrapped Bitcoin) とは、ビットコインを Ethereum (イーサリアム) で扱うためにラッピングされたERC20トークン (イーサリアム上で動くトークン) です。
ビットコインとイーサリアムという、異なるブロックチェーンを繋ぐ「クロスチェーン・ソリューション」として活用が期待されています。
本来的な意図としては、「DEXやレンディングなど、イーサリアム上の金融DAppsでビットコインの流動性を活用する」というものですが、
- 実際に何ができるのか
- 具体的なユースケースは何か
- なぜカストディアンを信頼しなければならないのか
- WBTCは、イーサリアムにどんな影響を与えるのか
といった詳細なイメージを抱くことが難しい状況となっています。情報もまだまだ少なく、学べることが少ない状況です。
よってこの記事では上記に対して一定の答えがでるよう、個人的な独断と偏見も含めて書いていきたいと思います。「WBTCの理解」が進めば、イーサリアムDAppのユーザーも幅広いWBTCの活用ができるはずです。
WBTC や Wrapped Token フレームワークの仕組みの理解はぜひ以下をお読みください。

WBTCは「BTCのスマートコントラクト最適化」
上記の記事でWBTCの仕組みを理解していただければ、WBTCのより正確な捉え方を探っていきたいと思います。
WBTCはイーサリアム上でビットコインを扱うことを可能にするため、「クロスチェーン取引」という言葉が使われます。
しかし現実はETHとBTCのコインが双方向で行き交うのでなく、BTCをイーサリアム・ブロックチェーンに一方的に持ち込むためのソリューションです。つまり、BTCはイーサリアム上で動きますが、ETHは特に何も動きません。
したがって、「WBTCは、ビットコインとイーサリアムのクロスチェーン・ソリューションである」と考えるより、「WBTCは、BTCのスマートコントラクト最適化である」といった説明の方が実情に近いはずです。
BTCをスマートコントラクトで使うこと
イーサリアムには様々な金融アプリケーション (金融DApps) があります。

- P2Pレンディング
- ヘッジファンド
- DEX
- ゲーム
など、これらのアプリケーションのスマートコントラクトでBTCを活用できるようにして、流動性の高い金融DAppをイーサリアム上で実現します。
例えばETHLendのような分散型P2Pレンディングプラットフォームでは、「借り主が貸主に担保を供与し、トークンを借りる」といったシンプルな融資契約をプラットフォーム上で行うことができます。イーサリアム系のトークンしか活用できませんでしたが、WBTCを使うことでBTCの流動性が加わり、プラットフォームを活性化できます。
MakerDAOでステーブルコインのDAIを借り入れる際も、WBTCを使いBTCを担保にすることも可能です。
MelonportやBetokenのような分散型ヘッジファンドでは、「ユーザーが暗号通貨資産の運用を行い、成績に応じて利益を分配する」といった運営が可能です。この場合、ファンドマネジャーは最も存在感のあるBTCを運用の選択肢として追加することができます。イーサリアム上の暗号通貨ファンドとして不可欠な選択肢です。
分散型取引所 (DEX) ではトレードの戦略としてBTC (WBTC) を追加することが可能で、WBTCを基軸としたトークンペアにより、より流動性の高いプラットフォームに進化させることができます。
イーサリアム上の金融DAppsは他にもたくさんありますし、今後も開発が進めば、実社会の金融ソリューションをより透明性の高いブロックチェーン上で実現できる可能性があります。
その際に重要なポイントは流動性ですが、WBTCを使うことで、暗号通貨で最も流動性の高いBTCをアプリケーションに組み込み、遥かに利便性の高い金融アプリケーションの実現を目指します。
アトミックスワップはスマートコントラクトには不向き
WBTCを構築する Wrapped Tokens フレームワークは資産を保管するカストディアンスタイルを採用するため、よくある批判としては「現状で最もトラストレスなクロスチェーンソリューションである、アトミックスワップを使うべき」といった意見があります。
WBTCはカストディアンやマーチャントの信用のもとにBTCペッグの価値を維持していることから、ブロックチェーンの哲学である「トラストレス」に反すると捉えられることは当然です。
確かにアトミックスワップは課題があるもののトラストレスな素晴らしい解決策ですが、以下の記事にある通り、単に個人間で異なるチェーン同士のコインを交換するといった、より瞬間的な取引をサポートする技術です。
しかし、これではBTCをスマートコントラクトで活用することはできません。例えばイーサリアム上のDAppsでは「コントラクトウォレットにトークンを担保としてロックしておく」といった活用事例がありますが、BTCを担保にしたい場合、アトミックスワップではサポートできません。より瞬間的なソリューションであり、異なるチェーンに一定期間滞在できるような手法ではないからです。
また、いくつかのステップを踏む必要があり、相手がいつでも交換を中止できるという特徴があります。これではDEX内で瞬時に交換したい場合にも不向きです。
あくまでもBTCをスマートコントラクトで活用することが重要です。そのためにはアトミックスワップではなく、「BTCをスマートコントラクトに最適化するため、ERC20トークンにラッピングしてしまう」というアプローチが求められています。これならBTCは長期間イーサリアム上に滞在できます。
BTCとETHとのトラストレスなアトミックスワップは、また別の文脈で求められる技術です。
カストディアンが求められる理由
WBTCがBTCを保管するスタイルのカストディアン形式を採用する理由もここにあります。
- 忠実にBTCとWBTCの同価格をキープする
- WBTCを長期間イーサリアム上に滞在させる
といったことを実現するための「BTCのERC20トークン化」には、どうしてもBTCの保管先を作り、WBTCの1:1の発行を全体として信頼できるシステムにする必要があります。
もちろんWBTCの保有者は「カストディアン」「マーチャント」の2者を含む Wrapped Tokens 全体を信頼する必要がありますが、WBTCは以下の項目でできる限り検証可能な体制を整えています。
- カストディアンは、当局からの資産管理のライセンス保有が必須条件
- 四半期ごとに、第三者機関がカストディアンのBTC保管量の監査
- WBTC鋳造はマーチャントとカストディアンの共同作業であり、独断での鋳造は不可能
- ユーザーとカストディアンの間には必ずマーチャントが介入し、フレームワークの安定性に責任を持つ (BTCの償還不可はマーチャントにも大きな損害)
- イーサリアム上の有力プロジェクトを大きく巻き込み、DAO (自律分散型組織) としてメンバー全体で監視する
- カストディアンのBTC保管量やWBTC発行量などは全てに公開
- 不穏な行動があれば、DAOメンバーによる投票でプロジェクトから除外
特にBTCはオンチェーンの準備金の検証が常に、誰にでも可能である点が強みです。

WBTCのダッシュボード。WBTC総鋳造量とBTC保管量、鋳造とバーンのTX履歴が公開される
課題は多くありますが、あくまでもWBTCは Wrapped Tokens の最初の一歩であり、カストディアンやマーチャントを始めとするDAOメンバーの更なる参加により、イーサリアム業界全体でより信頼性の高い制度に固めていく予定です。
さらにホワイトペーパーにあるように、WBTCの大量の取引を捌くために、PoA (Proof of Authority) のサイドチェーンの活用が考えられています。これはパブリックではないコンソーシアム型チェーンであり、WBTCの移転にはプロジェクトのさらに強い信頼性が求められます。
このように、WBTCは「トラストレス」というよりは「国家やDAOメンバーの規制下での運用」という側面が強いものとなっています。
WBTCは、イーサリアムにどんな影響を与えるのか
説明してきたように、WBTCは「イーサリアムのスマートコントラクトで自由に活用できるBTC」です。
しかし、もし WBTC という選択肢がブロックチェーンで成功を収めると仮定すると、あらゆる方面に大きな影響を与えることができると考えています。
以下より、仮に WBTC が成功して広く普及した場合に考えられる状況をいくつかピックアップしたいと思います。
イーサリアムの金融DAppsがより一般に活用される
イーサリアムは管理主体が不在のパブリック・ブロックチェーンであり、国家の規制や大企業の干渉が及ばないことを理想として維持されています。それによりユーザーの自由が確保された公共インフラとしての機能を果たしています。
さらにイーサリアムはアプリケーション・プラットフォームであるため、その上にあらゆるプレイヤーが分散型アプリケーション (DApps) を構築することが前提です。
ただ、その上にレンディングや証券トークンを扱うような金融アプリケーションを構築できたとしても、そのサービスに多くの機関投資家や企業など、既存の金融プレイヤーがイーサリアムを選択するかどうかは別問題です。
ビットコインETFの審査結果が注目されていることから分かるように、金融商品としては「当局や大企業に認められないものには手を出せない」といった側面も否定できないからです。
今後は分散されたイーサリアム・ネットワークに、適切なルールや規制が不可欠な金融アプリケーションが動くとなると、規制/管理対象となる主体 (カストディアンなど) の導入が求められるのではないかと思います。
規制下の管理主体の存在と、KYC/AMLを徹底するWBTCフレームワークは金融アプリケーションと相性がよいと考えることが可能です。
何も規制が及ばない「完璧な分散型アプリケーション」は当初のブロックチェーンの理想ですが、それだけでは多くの人々がブロックチェーンを活用する未来はやって来ません。 「透明性の高い新しい金融」を構築しようとするイーサリアムDAppsでは異なる考え方が必要かもしれません。
投資家はBTCよりも、WBTCを選ぶかもしれない
WBTCはBTCよりも保管リスクがあるため、投資家がポートフォリオにBTCを組み込むのであれば、通常のBTCを選ぶことが自然であり賢明な判断となります。
しかしWBTCはスマートコントラクトに最適化されているため、「イーサリアム上の金融DAppsで活用できる」という大きなメリットがあります。従って、投資家は購入したWBTCを自らの戦略に従い、
- 暗号通貨ヘッジファンドに投資
- レンディングで運用
- ローンの担保に活用
など、イーサリアム上でBTCを運用することができます。BTCでも集権的取引所などではレンディングで金利を稼ぐことができますが、用途はそれに限られますし、何より透明性の高いWBTCの方が信頼に足るはずです。
もしWBTCフレームワークが改良を重ねて広く受け入れられ、カストディアン形式を多くの投資家が許容するのであれば、BTCよりも幅広い運用が可能になるWBTCを選ぶかもしれません。
BTCを、オンチェーンですぐにETHやセキュリティトークンにリバランスできることも大きな魅力になるはずです。
WBTCがうまく成功できた場合、イーサリアムはDAppsプラットフォームに流動性を獲得できますし、ビットコインは広い運用方法を獲得することになり、両者にとって非常に有益です。
BTCは通貨、ETHはガスという役割分担が明確に
BTCは本来、人々が使う通貨として開発されています。ビットコインを発明した Satoshi Nakamoto の論文のタイトルも『Bitcoin – P2Pの電子キャッシュシステム』となっています。
しかし、BTCは暗号通貨の中でも格段に堅牢なブロックチェーンを維持しているため、「遅すぎて決済としては機能しない」と言われることもあります。取引がブロックに書き込まれる時間は最短でも約10分であり、確実性を求めると更なる時間を必要とします。
ただ、もしBTCがWBTCという形としてイーサリアム上で動けば、より早いブロックタイム (約15秒) のブロックチェーンでBTC決済が可能になります。これにより、本来は通貨であるはずが「遅すぎる」と言われていたBTCが、通貨の形として再注目を浴びるかもしれません。
実際、人々がWBTCのフレームワークさえ信頼すれば、BTCよりもオンチェーン決済として便利なイーサリアム上のWBTCの保有を選択する可能性は低くないと考えています。
一方で、イーサリアム上のコインである Ether (イーサー、ETH) はアプリケーションを動かす燃料 (ガス) として活用されます。DAppsで使うスマートコントラクトを動かす際は、ごく少額の ETH が手数料として必要になるわけです。
もしWBTCがDApps上の決済通貨として普及すれば、イーサリアムでは通貨としても十分に機能していたETHですが、通貨よりも本来の目的であるガスの役割に徹することになるはずです。
WBTCがイーサリアム上の決済通貨として浸透すれば、そのトランザクション数の増加から、ガスであるETHはより価値が高いものになるかもしれません。
最後に
WBTCは「BTCのスマートコントラクト最適化」であり、それに伴う影響を考えて書きました。
「ユーザーはカストディアン・モデルを信頼するのか」「KYC/AMLの必須化は受け入れられるか」など未知なところは脇に置いて楽観的な可能性を想像しましたが、実用化に向けてユーザー側も様々な活用方法を考えることが重要かと思います。
WBTCは Wrapped Tokens プロジェクトの単なる第一歩であり、より多くのプロジェクトを巻き込み、より信頼性と利便性の高いフレームワークのために動いていきます。個人的には、イーサリアム上の金融DAppsに流動性が加わって便利になる、という可能性を与えるだけでチャレンジとしては成功だと思います。
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